年齢を重ねると、「もしも自分で財産管理ができなくなった時にはどうしようか」と不安に思うことがあるのではないでしょうか。
実際に、認知症などで判断能力が衰えると、預貯金の引き出しや不動産の管理ができなくなってしまいます。
代表的な対策として挙げられるのが、「後見人制度」と「家族信託(民事信託)」です。
どちらも「他の人に財産管理を任せる」制度ですが、性質は異なります。
財産を所有する人の判断能力に問題がなければ、どちらを使うかはその人の判断によります。
では、2つの制度を比較しながら、手続きや費用面を含め、違いについて解説していきましょう。
なお、2つの制度は併用することが可能ですが、併用すると当然ながらコストがかかりますので、注意してください。
「後見人制度」とは
「後見人制度」は、判断能力が十分でない人が社会生活を営む上で不利益を受けないように支援する制度です。
そのため、財産の引き出しや売却は、本人の生活に必要な場合にしか行うことができません。
「後見人制度」は、「法定後見」と「任意後見」の2つに分けられます。
本人の判断能力がすでに衰えている場合、本人の権利・財産保護のために、申立人が家庭裁判所に後見の申し立てを行うことで「法定後見」が開始されます。
法定後見人は裁判所の判断で選任されるため、家族など身近な人が選ばれるとは限りません。
司法書士や弁護士などの専門家が選任されることも多く、報酬が発生します。
一方、「任意後見」は、本人の判断能力に問題がない時点で後見契約を結んで、実際に判断能力が衰えた場合に後見を開始することになります。
では、「任意後見」について、ポイントをまとめておきましょう。
本人自らが任意後見人をあらかじめ選任
認知症などになる前に、自分で後見人になってもらう人を選び、任意後見契約を結んでおきます。
任意後見人は親族でもよいですし、報酬を払って、弁護士・司法書士などにお願いすることもできます。
任意後見契約は、公証人役場で公正証書にすることが必要
任意後見契約は、公正証書にしなければ法的な効力がありません。
この契約では、本人の判断能力が低下した場合の生活・医療看護・財産管理などに関する事務作業を委任できます。
ただし、結婚、離婚、養子縁組など、その人個人しかもつことのできない権利については盛り込むことができません。
任意後見契約の締結後は、法務局で登記
任意後見契約が締結されると、法務局で「後見登記事項」として登記されます。
任意後見人として、財産管理や身の回りの代理行為を行うためには、正式に後見が登記されている必要があります。
本人の判断能力に問題が生じた段階で、家庭裁判所に申し立てを
本人または登記記載された任意後見人予定者などが家庭裁判所に申し立てを行い、任意後見監督人を選任してもらいます。
この監督人の選任をもって任意後見契約が開始されます。
契約開始後は、任意後見人が本人に代わって財産管理などの事務を行い、それを任意後見監督人がチェックします。
注意しなければならないのは、任意後見契約を締結していても、認知症などで判断能力が著しく低下していなければ、任意後見人は財産管理などを行うことができない点です。
判断能力がある元気なうちから財産管理を他の人に任せることはできません。
また、けがをして寝たきりになっても判断能力があれば、任意後見契約は開始されません。
「家族信託(民事信託)」とは
「家族信託」は、子供や孫など信頼できる家族・親族と信託契約を結んで、財産の管理・運用・処分などを託す方法です。
では、「家族信託」についてポイントをまとめておきましょう。
家庭裁判所を頼ることなく、家族間で財産管理が可能
家族信託は、家庭裁判所を通さずに家族間で財産管理をする方法です。
たとえば、認知症を心配している父親が、自分の財産を家族信託契約で子供に預けます。
契約の目的は、父親の生活費の支給、医療・介護費用や施設入居費の支払いなどです。
家族信託は家族間の契約ですから、子供側が報酬を求めなければ初期費用のみで運営できます。
契約と同時に効力が発生
家族信託は、契約と同時に効力が発生するので、上記①で示した例の場合、父親名義の預金の中から信託する額を決めて子供名義の信託口座に移し、子供は父親の財産として管理します。
元気なうちから信託契約を開始するので、父親が認知症になった時、子供が管理する信託口座から引き出して父親のために使えます。
認知症にならなくても、「もう子供に預けてゆっくり暮らしたい」と考えている人も利用できますし、振り込み詐欺などの被害防止にも有用です。
「任意後見」と「家族信託」~「できること」と「できないこと」を整理
「任意後見」と「家族信託」は、「他の人に財産の管理を任せる」という点では共通していますが、管理の方法や権限などで異なることが、これまでの説明でおわかりになったでしょうか。
何ができて、何ができないのか、改めて整理しておきます。
「家族信託」は「任意後見」と比べて柔軟に財産管理が可能
「家族信託」には、家族で契約内容を自由に決められる柔軟さがあります。
不動産の売却や建設、それに伴う借入も、信託契約に織り込んでおけば、実行できます。
たとえば、「老朽化したアパートを融資を受けてリフォームする」ことも可能です。
節税計画に基づいて契約した通りの財産承継を行うこともできます。
一方、「任意後見」では、たとえ本人の財産を増やす目的であっても、積極的な投資や運用をすることはできません。
支出について認められるのは、基本的に必要最小限のものになります。
任意後見人の行う財産の処分には制限があります。
後見人は職務については家庭裁判所の監督を受けることになり、勝手に何でもできるわけではありません。
本人が不動産を所有している場合、任意後見人が付いても、原則的には不動産をそのまま維持することになります。
次の代まで相続人を決めておきたい場合は「家族信託」が有効
「家族信託」には、「後継ぎ遺贈型の受益者連続信託」といって、財産をあらかじめ決めた人に複数世代にわたって承継することができる方法があります。
たとえば、ある財産を、本人が亡くなったら配偶者に、配偶者が亡くなったら子供に承継することを、生前に決めておけます。
こうしておけば、経営の空白期間が生じることなく、円滑に事業を承継することも可能になります。
一方、「任意後見」は、本人が亡くなると終了します。
相続人をあらかじめ決めておくことはできません。
また、遺言書でも、本人が亡くなった時の相続先までしか指定できませんので、注意しましょう。
「任意後見」は身上監護を行うことができる
任意後見人の職務の一つに、身上監護があります。
身上監護とは、被後見人の生活、療養、介護など身のまわりの手続きを行うことです。
これには、被後見人の介護そのものを行うことは含まれていません。
一方、「家族信託」では、家族といえども身上監護を行うことはできません。
家族信託で託されるのは、財産の管理や処分に関することのみです。
老後に身のまわりの手続きをやってもらいたいというニーズが中心ならば、「家族信託」だけでは不十分ということになります。
「任意後見」と「家族信託」をどう利用するか
以上みてきたポイントを踏まえて、2つをどう利用していけばよいのでしょうか。
第三者の介入と身上監護
「家族信託」は、第三者から介入されることなく、家族だけで財産の管理を完結することが可能です。
財産を管理する点では柔軟性がある制度ですが、身上監護をする点では機能しません。
本人が認知症になった時、必要なのは財産管理だけではありません。
老人ホームへの入居手続きや病院への入退院手続きなども必要になってくるでしょう。
「任意後見」であれば、こうした身上監護を行うことができます。
「任意後見」は、身上監護の点からみれば有効ですが、財産管理については、家庭裁判所の監督下にあり、裁判所への報告義務があり、負担は少なくありません。
初期費用
費用の面ではどうでしょう。
「家族信託」は、公正証書の作成や登録などで、初期費用は高くなりますが、一度信託契約を結べば原則ランニングコストはかかりません。
一方、「任意後見」では、後見人や後見監督人への報酬が毎月かかりますし、別途業務が発生した際の報酬も考えておかねばなりません。
認知症の発症から死亡まで長期化した場合、「任意後見」の方が高くつく可能性があります。
「任意後見」と「家族信託」は、二者択一ではなく併用できる制度なので、家族でよく話し合い、どちらを選ぶか、もしくは併用するかを検討するのがよいでしょう。
仕事が忙しくて時間がない場合や、兄弟姉妹が相続でもめる可能性が高いケースでは、「任意後見」を活用し、裁判所で選ばれた司法書士や弁護士など専門家に託すのも安心でしょう。
まとめ
自分の老後は自分で決めたいと考える人にとって、「任意後見」や「家族信託」の活用は不可欠です。
どちらの制度も、誰かに財産を預けて管理してもらう点や、判断能力が衰えていないうちに契約を結んでおく必要がある点でよく似ています。
ただ、効力が発生する時期や手続き、コスト面で違いがあります。
「任意後見」と「家族信託」、それぞれの特徴を理解して、認知症対策だけではなく、相続対策も併せて検討することが望ましいでしょう。
選択に迷ったら、相続コーディネーターや相続専門の税理士がいる相談室でアドバイスを受けることをおすすめします。