独居の親がいます。認知症の症状が進み、自宅での自立生活がそろそろ限界になってきたので、自宅を売却した資金で施設への入居を検討しています。ところが、このままでは売れないって言われてしまって・・・
こういったご相談が増えています。なぜ、“このままでは売れない”のでしょうか。
日本社会はますます高齢化が進み、高齢者の資産管理が重要な課題になっています。特に家や土地などの不動産を売る時、いくつかハードルがあります。
高齢になると判断力が落ちることがあるので、売買契約の細かい内容をちゃんと理解するのが難しくなることも。ときには、不利な契約を結ばされてしまう可能性があります。
また、自宅の持ち主が認知症になると、不動産売却そのものが成立しないケースがあります。
なぜなら、契約する意思能力が十分になかった場合、売買契約自体が無効になる恐れがあるからです。たとえ子供と言えども、親名義の不動産を代理で売却することはできません。
あくまでも、親自身の意思で売却を決めないと手続きができないのです。
このように、自宅の持ち主が認知症になり、自宅を売却したお金で高齢者施設に入ろうと思っても、その時には売却できなくなっている、という事態が起こってしまうのです。
成年後見制度って何?
このような問題を解決するために2000年からスタートした「成年後見制度」という制度があります。どういう制度かというと、判断能力が不十分となった人を法律的、経済的にサポートする制度です。
成年後見制度には「法定後見」と「任意後見」の2種類がありますが、冒頭の事例で必要となるのは、すでに判断能力が低下している方をサポートする仕組みである「法定後見」になります。
法定後見人がつけば、法務局で正式な証明書が発行され、判断力が低下した方の法律上の代理人として、自宅の売買契約ができるようになります。
しかし、この制度の利用にはデメリットも。裁判所に申し立てをしなければならないので、手間と時間がかかります。
必ずしも親族が法定後見人に選ばれると限らない
身近に法定後見人をやれそうな親族がいないケース(いわゆるおひとりさま)では、司法書士や弁護士などの専門職が法定後見人に選ばれることが多いです。
また、身近に親族がいるケースでも、必ずしも親族が法定後見人に選ばれるとは限らないという点が要注意ポイントであり、法定後見制度のデメリットと言えます。
たとえば、本人の所有している財産の額が大きかったり、ほかの親族の同意を得られなかったり、様々な事情により、司法書士や弁護士などの親族ではない専門職が法定後見人に選ばれる可能性があるのです。
なぜなら、“法定後見人を誰にするか”を決定するのは家庭裁判所の裁判官だからです。
専門職が法定後見人になると、当然報酬が発生することになります。報酬の目安は、年間24万円~となっています(裁判所のHPに目安が載っています)。
つまり、5年続いた場合、最低でも120万円程度かかる計算に。法定後見人は、自宅の売却が済んだら終わり、ということにはできず、原則、本人がお亡くなりになるまで続くことになっています(2024年4月現在)。
法定後見制度を利用する前に
また、法定後見人と本人・家族の間に信頼関係が築けないと、本人や家族の意見が反映されにくいこともあり、だれが法定後見人に選ばれるかによって、生活状況や本人・家族の心境が左右されてしまうことがあります。
必ずしも立候補した人が後見人になれるわけではない、という事情を知らずに申立てをして「自分が親の法定後見人になれると思ったのに、なれなかった。」「親のお金なのに、後見人弁護士が親の希望通りの使い方をしてくれない。」という不満を抱いているご家族がいる、ということは頭にいれておいてください。
ちなみに、令和5年度において、法定後見人として親族が選ばれた割合は全体の18.1%、親族以外が81.9%となっています。全体の数字のうち、親族が法定後見人として立候補した割合が22.0%なので、親族が法定後見人に立候補したケースのうち、約8割が選ばれて、約2割は専門職の法定後見人が選任された、ということが言えます。
参考資料
家族信託って何?
そこで出てくるのが「家族信託」という方法。家族信託とは、ひとことで表すと、自分が指定した財産の管理を、家族など自分が信頼している人に託す方法です。
具体的には、その信頼する人との間で“信託契約”を結び、指定した目的(例えば、老後の生活支援や施設費用の手配など)のために管理・運用してもらう仕組みです。
信託を依頼する人を「委託者」、信託を依頼される人を「受託者」、託された財産の利益を受ける人を「受益者」と言います。
受託者となる人は、信頼している人というのが大前提ですが、血のつながりがある必要はありません。
この仕組みのいいところは、本人が自分自身で財産管理してもらう人を決められる点、本人が自分自身で財産管理の方向性を決められる点、家庭裁判所の拘束がないので財産管理の自由度が高い点、認知症対策と同時に相続対策もすることができる点などです。
家族信託を利用して施設へ住み替えをしたご家族のケース
父 | 母 | 長男 | 長女 |
---|---|---|---|
75歳 (認知症なし) | 70歳 (認知症なし) | 45歳 (既婚・子供あり) | 40歳 (既婚・子供あり) |
自宅の名義は父の名義になっています。父母ともに認知症ではありません。ただ、家族の総意で、「法定後見制度は使いたくない」「父が認知症になって夫婦二人で暮らせない状態になったら、自宅を売却した資金を施設費用に充てよう」と考えていました。
そこで、司法書士に相談して、委託者:父、受託者:長男、受益者:父、とする家族信託契約を締結しました。
受託者である長男には、「自宅を売却する権限」がつけてあります。
数年後、父の判断能力が低下し、自宅での暮らしが難しいと判断した長男が、不動産業者とやりとりをし、売却手続きをしました。
冒頭のケースと違い、すでに父名義の自宅の管理権限は長男に移してあるため、父自らが売却手続きをする必要がなく、信託契約で長男に付された売却権限に基づいて長男がすべての手続きを行いました。
よって、このご家族は、父の判断能力が低下していたにも関わらず、法定後見人の申立をすることなく、自宅をスムーズに売却でき、その費用を今後の施設費用や介護費用にあてることができるようになったのです。
もしも何も対策をしていないまま父の判断能力が低下していたとすると、法定後見人の申立をすることになり、家族以外の専門職が法定後見人に選ばれた場合、毎年報酬が発生していってしまうことになりかねませんでした。
このご家族は、家族信託をしたことによって、父の思い通りの財産管理が実現できた、ということになります。
ただし、受託者となるのは信頼関係がある人に限られるので、自分の財産を託せるに値する人がいない、という方には家族信託をオススメできません。
家族信託が向いている人
- 財産を託せる信頼関係のある人がいる
- 自分が存命中に不動産を売却したり賃貸したりする可能性がある
- 預貯金だけでは介護費用に不安があり、不動産を売った金銭を充てたい
- 不動産を複数所有しており、認知症が原因で相続税対策がストップすると困る
- 家族以外の人に通帳の管理をされるのは絶対に嫌
家族信託にはメリットが多くありますが、デメリットもあります。
確定申告の手間が増える場合がある、精通している専門家が少ない、節税の仕組みではない、専門家へ支払うコンサルティング費用が発生する、などです。
遺言書の役割も果たす家族信託
信託契約書には、信託が終了したあと、託した財産を誰に引き継がせるかも記載していきます。
記載した部分については、遺言書と同じ働きをします。自分が死亡した後は誰が引継ぎ、さらにその人が死亡した後は誰が引き継ぐ、などと、2回目以降の相続についても決めることができます。
この機能を利用して、再婚している家族に家族信託が活用されるケースがあります。
たとえば、「後妻が相続した財産は、後妻が死亡したあと、前妻との子供に引き継がせたい。」と考えていたとしても、本人が遺言書を作っただけではこの希望が叶えられません。
この希望を叶えるには、本人だけでなく、後妻にも遺言書を書いてもらい、後妻が死亡したら前妻との子供に引き継がせる内容の遺言書を書いてもらう必要があります。
ところが、遺言書は何度でも書き直しができるため、後妻の気分で遺言書が変更されてしまう可能性があり、確定的ではありません。
もし後妻が遺言書を変更してしまうと、後妻の兄弟姉妹等へ財産が相続されてしまう可能性があります。
このような場合に、家族信託を利用し、自分が死亡したらまずは後妻へ、後妻が死亡したら前妻の子供へ、という形で相続方法を決めることができるのです。
信託で、死亡後の引継ぎ先を決めることができるのは、託された特定の財産のみです。全体的に相続の対策をしたい場合は遺言書もセットで対策を行うとよいでしょう。
まとめ
高齢者の不動産売却をスムーズにするために、家族信託は一つの選択肢です。
ご自身の家族構成、万が一認知症になった場合のリスクを書き出してみて、今後の生活の希望にあわせて、家族信託が向いているかを検討してみてはいかがでしょうか。
気になった方は、司法書士をはじめとする専門家に相談してみてくださいね。